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考え方は人それぞれだけれども・・ |
私が管理しているこの[臨時特集:アメリカ同時多発テロ マスコミと宗教]がYAHOOに登録されて以来、本当に多くの方が私の記事を読んでいただき、そして意見を送ってくれた。その数は100通近くにもなり、感謝の気持ちいっぱいである。
ほとんどが賛同や意見を表すメールなのだが、その中に10通ほど、私にとってみれば悲しいメールが舞い込む場合がある。
「イスラム教徒をすべて虐殺せよ。平和論なんて語るな!」「アフガニスタンに水爆を投下せよ」といったような内容から「イスラム教徒=悪ではない、なんておめでたい考え方だ!」というもの。私は正直、少し怖い印象を受けた。
確かに、日本人の間には「イスラム教徒=悪」といったような考え方のほうが浸透しているようにおもう。むしろ、世論である。それほど、イランイラク戦争や湾岸戦争の時から、何度も何度もメディアがそういった報道をしてきた結果だとおもう。今回もテロ=イスラム教徒の犯行だろう、という予測だけが先走りしていた事実からも、そういった傾向が伺える。
しかし、何度も繰り返すようだが、イスラム教徒というのは世界中に10億人以上存在する。それらすべてを悪とするのは完全に偏見であり、極論である。例えば、一部の過激派のテロのおかげで、仏教徒すべてが悪、という常識を西洋の人達が持ってしまったとしたら、今ではほぼ仏教徒とは言うことができないほとんどの日本人ですら、過激派と見なされるだろう。そうして虐殺されるとしたら、なんともやりきれないのではないだろうか?
「自分でなければ殺されても良い。」というような考え方は本当に悲しい考え方だとおもう。理想論だよ、といわれたとしても、それを主張しなければいけないと思える。そうしなければ、戦争は公認される。
こういった意見も、一つの意見であり、考え方である。ある人からみれば、そうした意見が常識であり、私の意見は偏見である。ある人からみれば、私の意見は常識であり、そうした意見は偏見である。それも常識なのである。(2001年10月1日)
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