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バナナの食べ歩き |
最近、私はあまりバナナという果物を食べた記憶がない。一体、いつそれを最後に食べたのかすら思い出すことができないほど食べていたのは遙か昔のように思える。しかし、勘違いはして欲しくない。私はバナナが嫌いなわけではない。むしろ好きなほうである。
それでは一体なにが、私からバナナというものを遠ざけてしまっているのか?少し真剣に考えてみると答えは二つほどでてきた。「恥」と「日本文化」である。
一般的に言って、日本で、例えば路上で一本のバナナを皮を剥きながら食べていたとすると、その人はたぶん周りの人に注目を浴びるだろう。もしかしたら、変な人扱いされるかもしれない。ただでさえ日本の文化では路上でモノを食べることは恥とされる。付け加え、このバナナというものに関しても「恥」とされる場合がおおいのだ。
バナナがなぜ恥とされるのかどうかというと、それはまぁご想像にお任せする(苦笑)。なんとなく気付いてはいるだろうが・・。そういった理由からかどうかわからないが、バナナというものを人前で一本まるごとたべることに関して、日本人は大きな抵抗があるようにおもえる。少なくとも私はできることならバナナを人前では食べたくはない。しかし、料理の中に刻まれて入っている場合や、パフェなどについている場合はまったく抵抗はないというのだからおもしろい。
なぜこのような文章を書いているのかというと、アメリカ人が平気でバスの中や路上、図書館でバナナをバックから取り出しおいしそうに食べている光景を見てなんともいえない違和感を感じたのである。普通の若い女性がおいしそうにバナナを頬張る。そんな当たり前のような光景なのに、ありふれてそうな光景なのに、日本では見たことがないことに気が付いたからだ。
アメリカには日本のようなバナナ想像図があるのかどうかはわからないが、少なくともこうした傾向からいうと、アメリカ人には路上でモノを食べる事への抵抗感は少ないように思える。そして、それを恥としない文化がある。地下鉄の中でもアメリカ人はおいしそうにハンバーガーを食べるし、バスの中でも弁当を食べている人もいる。
もちろん、バナナへの抵抗感もアメリカ人にはほとんどないのだろう。
日本の文化はその辺り興味深い。リンゴを丸ごとかじろうとすると、誰かがかならず「剥こうか?」と聞いてくれる。確かにリンゴの皮は剥いた方がおいしいし、たべやすい。それに見苦しくない。しかしこの国では丸ごと食べる回数の方が飛び抜けて多い。皮なんて剥いているアメリカ人をあまり見たことがないのもそういった理由なのかもしれない。
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