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すべての人にやさしく |
バリアフリーという概念がある。これは バリア=障害 フリー=解放 であり障害者にとってやさしい環境といった意味で使われる。たとえば建物の前にある階段のとなりにある車椅子用の緩やかな坂に始まり、空き缶のプルタブのところにある点字やシャンプーの脇についているギザギザなどいろいろなところでバリアフリーが考慮されている。
このバリアフリーに関してアメリカ合衆国はかなりの優等生だと思われる。建物という建物の前には必ず緩やかな車椅子用の坂が備え付けてあり、場所によってはエレベーターも備え付けられている場合もある。車椅子も車椅子で日本のそれより数段に発達しており、手で加速をつけなくとも車椅子に備え付けられているレバーを前に倒すだけで前進できたりと足に障害をもった方にやさしい車椅子を多く見つけることができる。
そもそも、アメリカ合衆国がこれほどまでに障害者にとってやさしい国になれたのかというと、ベトナム戦争があげられる。この時数十万というアメリカ兵達が負傷し、地雷などを踏んで足に障害を持ってしまった人たちを支えようと至る箇所でバリアフリーの概念が唱えられたという。なるほど、確かにそれだけ過去から整備され続けたといわれたなら今の現状もナットクできるという物だ。
日本でもオリンピックなどを招致するときにかならずパラリンピックも招致しなくてはいけないという国際規定により長野を初めとする地域では障害者にやさしい街が広がっているという(あくまで聞いた話だが)。東京の地下鉄などにも、エスカレーターのとなりにエレベーターが設置してある駅などもおおい。しかし、まだまだ日本はバリアフリー後進国であり、車椅子にのっている障害者の方が階段の前で困っている姿を時々みかける。これからどのように取り入れていくのかはわからないが、日本にも善処してほしいとおもう。
一見、素晴らしいバリアフリーという概念。しかし、利用者が月数人しかいなくてもエレベーターを設置しなくてはいけないなどなかなか予算に余裕がないと整備していくことは困難なようだ。それに、私の個人的見解だが、アメリカの車椅子にのっている障害者の人数は日本のそれより数倍多い気がする。原因として、整えられた環境にあまえて車椅子を選んでしまう人も少なからずいるのではないのか?と考えさせられてしまう。(この記述は障害者の方にとっては大変失礼な記述だとおもいます。しかし敢えてかかせていただきました。どうしても削除してほしい、という方、どうかお教え下さい)
とにかく私としてはバリアフリーの概念、大賛成である。いくら予算がかさもうがこれからも障害者にとってやさしい環境設備の整備をすすめていってほしいものである。
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