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ホームスクールの賛否 |
今回の雑記は賛否両論があるかもしれないが、真剣に書いていきたいとおもう。意見等はメールまたは掲示板に書き込んで欲しい。
日本では近年登校拒否者が増加している。学校側は親の教育を問い、親は学校側の対応を問う、まさに出口のない迷路状態。いじめといった問題で登校拒否を始める子供や、身体的、精神的に障害を持つ子供が登校拒否になる場合、ただ単に学校で勉強することへの否定・または堕落といった三種類が大きく分けて考えられる。そういった子供達は勉強への道から逸れていく人もいれば、独学し大検をパスして大学へ入る人もいる。
しかし早いうちから登校拒否になってしまった子供達にとって一番懸念されるのは学力である。そのため、現在日本でもホームスクールという制度が注目を浴びている。これは登校拒否等になって不登校になった子供達を教育する制度で、親が子供を教えるものから、塾のようなもの、または通信教育のようなものまである。そのような学習の過程を通して、小学校卒業資格、中学校卒業資格等を得るというものである。
日本では未だに賛否両論である。なぜなら、不登校になることによって、学校という集団の中で形勢されるコミュニケーションをする力が育たないという懸念からである。学者のなかでも無理矢理でも登校させるべきだと言う人もあれば、無理矢理登校させるくらいならホームスクールのほうがよほどいいという人もいるくらいでまだまだ議論を呼び起こしそうだ。
ここアメリカでは日本より早くホームスクール制度が導入されている。今となっては全米50州すべてにおいてホームスクールは合法化されている。しかし、州によって規律は異なるために少々の違いはある。ジョージア州のような州では大学に入るための学力査定として使われるSATの成績のみだけではなく他4科目をホームスクール制度使用生徒に課すといったようなところもある。逆にミネソタ州のようにホームスクールと普通の公立学校の違いがほとんどない州も存在する。ジョージア州の場合、その行為がホームスクール制度使用者にとっての差別だという声があがり、いまだに論争を巻き起こしている。
全米すべてのホームスクール制度使用者の数は1995年で50万人、1997年には120万人と増加の一途をたどっている。そして1985年にはたった16パーセントのアメリカ人の賛成を得ているにすぎなかったホームスクール制度は1997年には36パーセントという驚異的な上昇を見せている。これらの数字がアメリカにおけるホームスクールの理解度の増加を示しているものと思われる。
そもそもホームスクール制度が出来た背景にはアメリカ人の間の学校への不信感が見受けられる。ドラッグの蔓延、暴力、いじめ、教育内容への疑問、生徒との触れないのない教育、そういった項目すべてにおいて、やはり保護者として不信感を抱かないわけにはいかないようだ。そのほかには人種差別などまだまだアメリカに根付いている理由も含まれるとおもわれる。
ホームスクール制度を使っている生徒の多くが全米平均よりもいい成績を残しているというデータもある。これは一貫した一対一の教育の成果であり、大人が直接教え、誉めることによって生徒のやる気をおこす効果が強い。そういった成果のおかげもホームスクール制度の理解度へと繋がっている。
さて、私個人の意見である。私の意見では、ホームスクール制度に頼りすぎてしまうことへの悪影響が怖い。ちょっといじめられたから。ちょっと友達と喧嘩したから。ちょっと友達が嫌いだから。そんな理由で不登校になるような生徒が増えて欲しくない。たしかにホームスクールという制度は今のこの世の中にぴったりとマッチしているとおもわれる。必要な生徒には必要な制度。しかし、やはり教育をするにあたって一番いい場所は学校だとおもう。私が古い人間なのかもしれないが、学校から学ぶものというのは大きい。文化祭、運動会などなど。みんなで作る想い出というのはたとえ学力の低下を招いたとしても将来かけがえのないものになる。そして人と接することの大事さ、そして愛を学ぶのだと思う。
学校の先生達の偏見化をおそれ、保護者自らが教育するのもいい。しかし、その保護者の意見もまた偏見でしかない。独りよがりな意見なのだ。いろんな人からいろんな事を聞き、そしていろんなことを考える。時に挫け、時に努力するからこそ、時代を担う子供達が育つのだとおもう。勘違いしてほしくないが、私はホームスクールという制度には大賛成である。しかし、その制度に溺れるあまり、学校という公の大切さを忘れて欲しくないとおもう。
ホームスクールについては賛否両論だとおもう。特に日本において、いまその論争まっただ中。時代は子供の権利を保護するあまり過保護になりすぎている。そういう時代で育った子供は一体どこに向かうのであろうか?
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