|
|
|
アメリカを知るにはホームステイ? |
私がまだ日本にいたころ、ホームステイといえばアメリカ人家族と団らんしている姿を思い浮かべたものだ。週末にはパーティをし、時には一緒に旅行もいく。夕食は一緒に食べ、誕生日にはプレゼントなんてくれちゃったりする。ホームステイ先の家族の母親からは「ママと呼んでいいのよ。」などといわれ、まるで家族の一員のように扱われる、そんなホームステイを思い浮かべていた。
しかし、夢は現実に見事にうち砕かれた(笑)。少なくともここロサンゼルスではまったく夢見ていた物と違ったのである。
私が初めてホームステイした家族は中国系の家族だった。この家族は典型的な母子家庭で家の余っている部屋を生徒に貸し出して家賃としてもらうことで家計を養っていたようだ。一応、食事はホストマザーが作ってくれることにはなっていたのだが、これがまたひどい。ホットドックだけの日なんていうのもざらで他の日はほぼすべて安いスパゲッティか冷凍食品。しかも、作ってくれるのも嫌々といったかんじで少しでも私の帰宅が遅いものなら「作ってあげない」といわれてしまう。食事代だけで毎月一万5000円程度払っていたのだがはっきりいって5000円にも満たない食事だった。浮いた分を純利益として使っていたのだろう。
しかもこのホストマザー、私のことを人間として扱ってはくれなかった。シャワーの時間から、洗濯機を使う回数まで縛られ、ホストマザーの食器を無断でつかうようなものなら、「病気がうつったらどうするのよ!」とヒステリックに叱られる。時には靴が臭いからと私を呼びだし、部屋まで持って返らせることもしばしばだった。
私はこの時はまだアメリカのホームステイというのを一つの経験だけで結論付けるのは早いと思ったのでとやかく文句はいわなかった。
現在、住んでいるホームステイ先にやってきたのは1999年の8月。このホームステイ先は顕著に典型的なホームステイ先といえるとおもう。つまり、このホームステイはあくまで部屋を貸し出しているだけであって、異文化と接したいといったものや家族ぐるみで付き合いたいといったものではない。ホストと話すには話すのだがそこまで会話をするわけでもない。とてもいいおばあちゃんなのだが、お互いがお互いに境界線をつくっているといったかんじであろうか?このホストも家賃によって生計をたてているといった感じだろうか。
私が住んでいるホームステイが特に特殊といったわけではない。他のホームステイ先の友達に聞いてみても同じような返事が返ってくる。つまり、ホームステイというのはあくまで部屋貸しのビジネスであるといった感が強いのだ。開いている部屋を有効に使う一つの手段として。
全体の数パーセントの人は事実、私が日本で夢見ていたようなホームステイを経験しているという。しかし、ほとんどの場合、安く部屋を借りるだけであって特に家族として接してくれるわけでもない(今のホストは比較的家族ぐるみではある。病気の時などはとても親切に助けてくれた)。お金のない留学生がホームステイという手段を選び、そしていろいろいざこざをつくった場合、転々とホームステイ先を移動しているのである。確かに英語の練習にはなるのだが、その家によっていろいろ家訓のようなものがあってそれに縛られている場合も多い。シャワーは2分までといったものから、12時までに帰宅といったものまで。
幸運にも今、私は住んでいるホームステイ先を気に入っている。もう住んで一年半にもなる。問題もなく今のところ満足して暮らせている毎日ではある。私が強調したかったのは、日本で想像していたようなホームステイ先というものはなく、貸部屋といった感が強い物が多いということである。
私のようにアメリカにきて現実を知ってショックを受けるのではなく、日本にいるときからホームステイというのはそういうもの、というのを覚えておいてほしい。もし、幸運にもいいホームステイ先があたった場合は、ラッキーということである。
|
|
|
|
|
|