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マサオさんの芝刈り |
私が小さい頃夢見ていたものの一つに「青々とした芝生の上で昼寝をする」というものがあった。なんとものんきな夢ではあったが少年の心にこの夢はきっちりと刻み込まれたのである。
私が初めて青々とした芝生を見たのは国立競技場だった。その芝の美しさにしばしの間見とれてしまったほどその緑は輝いていた。ああいう芝生の上で横になって空でも見ていたら気持ちいいだろうな、そう思いながら。
日本で芝生を見かけることなどほとんどないと私は思う。私の田舎の小学校、中学校でさえほとんど芝生は存在しなかった。あることにはあったのだが、手入れなどされてなく伸び放題。これじゃ横になっても気持ちよくないと言うものである。予測ではあるが、日本人のほとんどの人が青々とした芝生の上で横になったことがないのではないだろうか?なんともったいないことだろう(と思うのは私だけであろうか?(笑))。
さて、ここカリフォルニアではもうこれ以上いらない!というくらい芝生が存在する。道路脇、庭、学校、公園。どこもかしこも芝生で埋め尽くされている。土が見えている場所はすべて芝生で埋めてしまえ、と昔誰かが命じたのではないだろうか?とおもわざるを得ないほどの芝生の量である。アメリカ人の美的感覚の現れなのかもしれない。
そんな芝生、どうやったらこんなにも青々と繁らせ続けられるのだろうか?雑草などほとんどなく、ほぼ一年を通して青々と繁る。ほんとうにすごい芝生達は、芝刈り担当の人や一家の担い手の父親によって管理されている。もちろん学校や公園の芝生はその芝刈り担当の雇われの人が手入れをするのだが、家々にある芝生はその家の父親によって定期的に刈られている。ほとんどの家には芝刈り機があり車で運転でもしようがものならそこいら辺で芝生を刈っているお父さん方を見かけることができる。まったくご苦労なことである。
母親は家事。父親は芝刈り。これが伝統的なアメリカの家庭である。
肝心の我が家といえば、うちにはおばぁちゃんが一人しかいないので、芝刈りは業者に頼んでいるらしい。2週間に一度くらい朝だろうが夜だろうがのこのこやってきてブォォォ〜ンという音とともに芝生を刈ってくれる。朝、この音で起こされるとちょっと気分が悪くなるのだが、いつもこの芝生の上で昼寝をさせてもらっているかとおもえば、やすいもんである。
そんな青々とした芝生。そして私がいつも昼寝をしている芝生。この青さは日本では見かけられない。是非、一度でいいからこの自然(?)に触れながら昼寝をしてほしいのである(笑)。
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