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日本の大学生vsアメリカの大学生 |
日本にいたとき、よくこういう情報を耳にした。 「アメリカの大学の生徒の多くは自主的に勉強し、授業に遅れることなど滅多にない。大学生になると親からの資金援助は一切してもらえないので、生徒の多くはアルバイトをし、学費を稼ぎながら学業に専念するのである。授業の内容も濃く、日本のように授業中におしゃべりをする生徒は皆無で教授の話に熱心に耳を傾けるのである・・・(以下省略)」
私の通っている大学を当てはめてみれば、まったくもって嘘である。他の大学を知らないので一概には言えないが、友人の話を聞く限りでは大差がないようだ。
よく、日本の大学制度は間違っているという報道を耳にする。アメリカの大学制度を見習えという声もある。生徒達はテストの成績さえよければ卒業でき、大学に遊びにいく生徒が多いというような報道である。たしかに、日本の学生は異常かもしれない。しかし、ここアメリカでも同じことがあてはまるのである。クラスを何日休もうがテストの成績さえよければ授業を好成績でパスできるのである。アメリカのクラスでさえテストの成績が全体の80パーセント以上を占めることが多く、あるクラスなどは100パーセントというのもある。日本で絶賛されていた授業態度などを成績に組み込むクラスもたしかにあるが、ほとんど見かけない。私の通っている学校がマンモス学校なせいもあるだろうが、100人以上いるクラスでどうやって一人一人の授業態度を成績にくわえられようか?ただ教授が前で講義をして生徒達は聴くだけの授業なのである。
眠っている生徒も多い。ノートだけ書き写して教授の話は一切聞かない。それだけでも好成績は獲得できるからである。
学期末には教授は生徒によって審査される。この制度は確かにすばらしい制度だとはおもうが、私の意見からいわせてもらえば、逆効果だと思われる。教授はいつも生徒が教授を思う気持ちに左右される。生徒がいった意見を教授が反対でもしようものなら、その学期末審査によってその結果がまじまじと現れてしまうだろう。よって、教授も生徒にへつらいながら授業をやっていくしかないときが多い。テストでさえ、簡単につくらなければ、自分が首をきられることにもつながりかけない。審査があるがゆえに、教授は敢えてむずかしい授業を生徒に与えないのである。私が思うには教授というものは常に自分の授業、つまり自分のやりかたに自信をもってやってもらいたいと思うのである。(この記述はあくまで個人的意見です。学期末審査なんて気にもしない教授のほうが実際は多いように思います)
私は日本の大学生のことはよくはわからないが、ひどい噂しか聞かない。それにアメリカにいるときでさえ、日本の大学生の批判を聞く。「日本じゃ大学に入るのは難しいが大学を卒業するのは容易だ」と。たしかにそうかもしれない。しかし、ここアメリカでも卒業がそこまで難しいとはおもえない。一部の高いレベルの大学では相当の努力が必要だとはおもわれるが、我々日本人が苦しんでいるのは大学のレベルの高さではなく、英語力の差なのである。英語さえ使いこなせれば、アメリカの大学など取るに足らないと、私は思うのである。
日本にだってまじめに授業に取り組んでいる学生も多いはずである(不確かではあるが)。私もアメリカでアメリカ人に流されないように一生懸命がんばっていきたいとおもう。
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